(2000年11月受講) 文学部史学科名物(?)の卒論第三次指導です。 何故か、懇切丁寧に指導してくださる法政大学文学部史学科。 「何で史学科だけは三次まであんだよ〜!」と吠えたものですが、 この指導がなければ、論文はかけなかったかと思います、はい。 しかし、私の場合は、資料集めもほとんどしないままに、トントンと(?)三次指導まで 来ちゃいまして、しかも、年に一度の指導だし…ってことで、いつものごとく慌てて 指導用紙を請求しちゃったというワケです。
例によって、受講条件のおさらい。
さてさて来ました三次指導。 二次指導で怒られなかったのを幸いに、その後何もしないままに月日を重ねて、 三次指導の用紙請求の時期になっちゃいました。ってか 、用紙の請求の時までは別にへらへらしててもいいのですが、 その三次指導の用紙を書いて提出する段階になって、たらんたらんです(大汗) だって、二次指導以降の進展が何もないんですから。 とりあえず用紙を請求してほっとしたのも束の間、三次指導用の用紙が届いて、 それを読むだけならばまだしも、また書き物をして提出しなくちゃいけないんだから さあ大変です。
注意書きが届きます。これをよく読む 三次指導用紙の提出期限ギリギリまで何とかねばって、別に何もしてないのに、その場の思いつきで、 章立てを作って、それまでに探した少ない参考文献のリストを書き連ねて、 ???状態のままとりあえず提出。 本来ならば、ここで論文の下書きなんかをもとに、 『構成・内容(章・節、目次予定)』を 書かねばならんのですが、そんなことは全然構想してない(大汗) 提出期限が迫ってきているってんで、慌てて書いた内容には、 案の定先生からのキビシイお言葉が…(涙) 戻って来た指導用紙に踊る辛らつな文字列。「ガツンガツン」だったのは云うまでもありません。
(左)こちら側に論文の章立てを明記します(!)(右)こちらは参考図書などを記載。そして講評が返って来る そこで意気消沈しても仕方ないのでしばらく放置だったのですが(←ダメじゃん) その後本気で卒論に取り組まねばならない時になってから、 この言葉の重みがようやく判ってきたのでした。 ああ、後の祭りとかいいますね。こーゆうこと。
とりあえずこれで、史学科名物の第三次指導は終了したのです。
はーやれやれなんて思っていましたけど、問題はここからなんですよね。
ここからが論文作成の本番なのです。なのに、
全然そんな自覚がなかった。
ではおさらい
指導用紙の請求
でございます。というわけで、文学部史学科名物の卒論三次指導は終了。
こんなことでええんかい?
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