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(1998年7月受講) 法政大学通信教育部を卒業するには卒論が必須です。よそでは卒論をなくしていこう とかふざけたことを云っているところもあるみたいですが、法政ではなかなかそうは いかないようです。ということで、卒論指導です。 法政大学の史学科ってのはことのほか卒論を大切に思っているところなのでなかなかリキ 入ってます。(卒論に与えられる単位は、法学部で4単位、経済学部で6単位。 なのに文学部史学科だけは8単位ですからね。その重要度が見てとれます)
まずは、おさらい。
ということで、受講した98年当時は4年生だったため、とりあえず受けておくか…ってことで 参加してみました。(まだまだ単位が揃わず、一次指導なんて夢のまた夢状態だったんですけどね) 一般指導は、任意受講(受けても受けなくてもいい)ですが、一次指導の前に受けておく方いいでしょう。 いろんな話も聞けますし。これは夏か冬のスクーリング期間中に行われるので、 どちらかのスクの受講群にあたるとラッキーです。スクを受講していても、 自分が受講する群の期間中に行われると限らないので。ただ、これだけを受けに行くのも、しんどいですから…。
私が卒論一般指導を受けたのは、1998年7月27日(火)でした。 授業終了後の午後5時から開始予定。ということで、友達と一緒に受けてみました。 まずは、学務科から卒業のための手続きをおさらい。卒業論文を提出すれば自動的に 卒業をできるわけではなく、単位を積み上げていって、卒業単位に達するので 「じぶんは卒業したいんだ」という手続きをしないと卒業とはなりませんので ご注意をってことでした。あたりまえっちゃあたりまえだけど。でも、 学務課の方からは一切「あなたは卒業できますよ」ってなことは云ってくれないから、 自己管理を徹底していないといけませんって。通信の学生は大丈夫ですよね、その点。 (あたしは抜けているからダメかもしれないけど^^;;) でも私は一つだけ勘違いをしてました。通信の場合は半年ごとに新入生が入ってくるけど、 それゆえに卒業も半年に一回できるんだということ。そこまでは判っていたつもりでした。 しかし、最低4年は大学にいなくてはいけないけど、4年たったら卒業の時期は前半(9月) でも後半(3月)でもいいわけなんですな。だから「卒業申請も半年に一回できるんだ」 ってトコ。ふーん。メモメモ。 そんな事務手続きの話を前半で聞いて、その後実際にどのようにして卒業論文を書 いて行くかの説明です。司会は山名先生。 まずは大抵の学生が選ぶ日本史の分野から説明。トップバッターで現れたのは澤登先生。 この先生実は私が一群の午後の授業を受ける教室で午前中の授業を教えている人なのですが、 毎日授業終了後学生(といってもいつも同じおじさんなんだけど)にからまれて(あわわ^^;;)、 質問を受けています。私が弁当を食べはじめても終わりません。なかなか熱心な先生なんだなあっ て毎日見ていたんですが、確かにパワフルな先生でした。 ご本人の風貌としては放送作家の 高田文夫氏によく似ている(笑)で、マイクを片手にあちこち歩き回りながらポケットに 手を突っ込みながらの熱弁ぶりです(^^)でその授業が終わった直後に行くとまだ黒板には 授業内容が板書されているのですが、その字がまたなんとなくかわいらしい。 教授にはあまりないタイプの字をお書きになります(ははは)私も板書をしたらあんな字を 書くんでしょうねえ。もう何年も板書なんてしたことないけど。声もでかいし、はきはきしているし、 澤登先生は日本近世史の担当ですが、他の時代区分の話もしてくれました。教授自身のキャラクターが 面白いので、次回澤登先生の授業があったら取ろうっと!(と思いましたが、私が澤登センセの授業を 受けることはアリマセンでした>残念)
で、澤登センセ情報はこれくらいにして(^^;;)…話の内容です。
・考 古 学:伊藤
私がやりたかった古代史の世界だと小口先生です。この先生けっこう厳しいことで有名。 私が洋上スクで取った授業も内容はなかなか面白かったんだけど、テストが厳しかったです。 スクーリングのテストで「可」をつけられたのは初めてだったんだけど、友達はこの先生で 「不可」だったそうです。で周囲の人に聞いたところによると、10人中1人くらいしか うかってなかったそうで、だったら可でもよしとしなくてはいけないのかな?しかし リポート書いてもなかなかとおらないそうです。それも困るよな〜。それが卒論だった らもっと困るよな〜(苦笑) 次に卒論はいかにして書くかの説明。 1.資料を使って書くことを原則とする。
2.史学演習では自分の書きたいところ(時代区分)について取るといい
3.概論本をいくら読んでも卒論は書けない
そして法政大学通信教育部での文学部史学科での卒論は 歴史の具体的姿をあらわすものであれとのことです。 民俗学的ものや形而学的ものでの論文は受け付けないってことでした。 たとえば永遠に変わらない定理のようなものは法政の卒論としては妥当ではなく、 それを守らない論文はいかに優れていようとも受け付けないってことでした。 歴史とは、時間・場(空間)/対象が変動して行くものである。 形而学的テーマを選ぶならば、哲学での卒論になる。法政文学部史学科では やらないほうがいいですってここと。正直云って私にはちょっと難しくてその真意が 判らないママなんですが(苦笑)それは実際に卒論一時指導を受ける段階には氷解しているでしょうか??? (補筆:氷解しなかったようです^^;;) 次に出てきたのが長井先生。長井先生は近代・現代が専門。ソフトな声がいいのですが、 声に抑揚がないので眠くなりそうですね(^^;;)近代・現代の範囲はペリー来航から サンフランシスコ平和条約までと考えてくださいってことでした。
テーマの決め方としては
2.経歴や肉親にかかわるテーマであること
3.自分が趣味として興味があること
そしてその場合の参考文献の選び方については
4.論文作法として
そして再び山名先生登場。東洋史のご専攻でした。 論文の長さは50〜200ページの間で。別に長ければいいってものでもないので。 資料で原本を使うことはかなり困難。訳されたものであってもOKだが、 原文も使うこと。はじめに先行研究にどんなものがあったのかを書き、 それらの中で明らかにされていないものを自分が明らかにするという感じで書き始めよ。 手がつけにくいテーマは再考も必要。ってことをさらりと云っておしまいです。 そしてしんがり、西洋史は後藤先生。この先生は唯一の女性の先生です。 しかし法政に入学してこのかた女性の先生に当たったことがなかったので (このときはまだ二群目の岩橋先生には受け持たれてなかったから) これは新鮮な感じがしました。カーリーヘアの若作りな先生です(あわわ) 重そうなイヤリングとでっかいめがねが印象的でした。 西洋史はどこの国、どこの時代ってことで考えると実にやれることはたくさんあるのですが、 原文での考察をやりにくいので、各言語に精通していないといけない。なかなか学生レベル ではそこまでいかないので、原文を使っての論文ってのは難しい。それに研究の蓄積が 多い時代と少ない時代の差が大きいので、テーマの選択は大変です。よって 卒論で西洋史を取るのは止めたほうがいいかも・と先生ご自身がおっしゃった のです!(爆笑) それでもしたい場合には先行研究をよくしておくこと。枚数は50枚前後でかまわない (資料が少ないだろうから)。翻訳資料の使用でかまわない(原文で無くても可)。 そして、テーマによっては指導教官が決まります。逆指名はできませんのでご注意を(^^;;) とのことでした。
ここまでで、時すでに午後七時を回っていて、一同びっくりです。澤登先生のお話が面白
すぎて時間が過ぎるのも忘れたみたいですね(^^)。この後、法政歴史会ってのの申し込み
を受け付けますって云ってまして、その会誌も販売していたんだけど、私はさっさと退出
してしまいました。だって、まだまだ卒論は書けないんですもの。卒論の第一次指導の申し込める条件は、
しかし、教科書集めでもいいやって思っていた去年までの私からは一歩も二歩も進歩しましたね(苦笑) これもテレビッ子・Aちゃんがいたためです(カノジョは卒業生^^)よっしゃ、私も頑張るもんねって 決意を新たにしたのですが、まだまだその道のりは長いのであった。ちゃんちゃん。 (98.09.09)
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